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中田英寿選手に、乾杯!! [お仕事の話]

 どうも。いらっしゃいまし。
驚きましたね。喉、渇いていませんか? 冷たいお茶などいかがですか?

 中田英寿選手、現役を引退してしまいますね。あの、ブラジル戦のあと、ピッチに倒れこんだ姿を見たとき、漠然と予感はありました。サッカーファンの多くがそう「感じた」のではないでしょうか? その漠然とした予感を認めたくないからこそ、必死にエールを送り続けたのではないでしょうか・・・。
 負けた試合、しかもこれで決勝トーナメントに行くことが不可能だとわかった瞬間、選手の気持ちとして、簡単にピッチを去っていけるものではないでしょう。他の選手はどうして、あんなにあっさりとピッチを後に出来たのかな? と不思議に思ったものです。たぶん、他の選手は「また四年後がある」と思っていたからじゃないのかな、と・・・。
 今日のお題は「プロ意識いろいろ」ですかね。

 人と人が殺しあう戦争は愚かだと思いますが、この世には平和な戦争もあります。そう、オリンピック。世界中から人が集まり、さまざまな競技で世界一を決める祭典。これは平和的な戦いと言えるのではないでしょうか。サッカーだけに限定したオリンピック。W杯も、そのひとつです。
 世界の中で「一番サッカーの強い国」を決める。
 そのためにどの国のプロサッカー選手も、しのぎを削って代表入りを争うのです。人を蹴落として上がるのではなく、自分の実力のみを武器に。自分の生まれた国の代表になりたくて。

 国と国が、血を流すことなく争うサッカーでの戦争。それは、国と国の威信を賭けた戦い。しかも国内から選び抜かれたプロ中のプロ達が、国旗を背負って戦いに行くのです。学生や素人の思い出作りではありません。
 クラブチームで争っていた敵同士が、代表選手に選ばれた瞬間、仲良く円陣を組む仲間になるように、海外でプレーしていた中田選手にとっては逆に、昨日まで味方だったチームメイトが明日の敵になるのです。プロ意識が高くなければ、すぐに気持ちを切り替えるなど容易なことではないでしょう。
 選手たちに一番必要なものは、中田選手の言葉を借りれば「誇り」ですね。
 国を背負って戦いに来ているんだという誇り。自分の今までのサッカー人生で培った誇り。サッカーを、お金を払って観客に魅せるプレーをするというプロとしての誇り・・・。

 以前、就職戦線異常アリ?! で「プロ意識」について少し触れましたが、日本人はプロ意識を持っている人が少ないように思います。
 私自身が、就職したときバイトしているとき、上司や師匠に何度も何度も聞かされたセリフは、
「お客様からみれば、お前がその制服を着て立っているだけで、プロと見て話しかけてくる。新人だろうが、ベテランだろうが、そんなことお客様は知り得ない。そのとき、出来ません、知りません、わかりません、は一切通用しない。その言葉を言った時点で、お前ひとりの失態で、会社(もしくは店)の信用が失われると思え。制服を着るからには、プロとしての心構えを持て」
・・・でした。暗記できるほど言われました。バイトのときもです。たかがバイトなのに、と思う人は、すでにプロ意識が足りないということです。年棒だろうが、月給だろうが、時給だろうが、お金をもらって働くからには、どんな仕事でもプロなのです。
 未熟な私が弱音を吐くと、必ずこう言われました。
「プロは結果がすべて。泣いて、出来ません、が通用するのは学生だけだ。努力しました、自分なりにやりました、は全部いいわけに過ぎない」と・・・。

 もちろん、中田英寿選手のように誇りを持ち、プロ意識の高い人もたくさんいます。事実、そういう人を身近に見てきました。有名になるとかそんなことではありませんが、そういう人は、おそらくどの道を選んでもその道の一流になっているはずです。中田選手もきっと、もしサッカー選手でなかったとしても同じように一流の道を歩んでいただろうと思います。才能とか、そういうものもあるでしょう。しかし一番大事なのは、その仕事がどれほど好きかということ。そして、プロ意識が、その人を高みへと引き上げるのです。

 「プロ意識」は、人に言われて身につくものではないように思います。私自身、どんなに上司や師匠に言われても明確にはわからなかった。おそらく言葉で「教える」ことなど出来ない。自分自身で「感じ取る」ことでしか身につかないものなのかも知れません。
 これは、私の勝手な想像ですが、中田選手は、それをやろうとしたのではないでしょうか。
 自分が日本に帰ってきてプレーをしないのは何故かということ。自分が海外でプレーしている姿を見て、日本でプレーしている他の選手にも何かを感じてほしい、と。他のヨーロッパの選手を見て、華麗なプレーを、熱いサッカー魂を、高いプロ意識を、それぞれが自分自身で感じ取ってほしい、と・・・。
 よくマスコミで選手たちの仲を、「温度差」と表現されていましたが、それってどういう意味なの? 熱くない選手なんていたの? 誰もが勝つためにあのピッチに立っていたと思うけれど。確かにジーコジャパンとしてまとまる事が大前提だったかもしれないけれど、中田選手のやり方が気に食わないから仲間外れにする、なんて、小学生よりタチが悪い。もちろん実際はそんな低次元のハナシじゃなかっただろうけれど・・・。「温度差」と表現するなら「勝ちたいと思う本気度」とする方が断然解りやすい。あくまでも「温度」にこだわるなら、火に例えた方がいい。ゆっくり燃える火、パチパチはねる火、ゴウゴウとすべてを燃やし尽くす火・・・。ただ「燃え方が違う」だけだ、と。
 本気で勝ちたいと思うのなら、練習中でも試合中でも、何が大切で、今、何をしなければならないのか考えるはず。中田選手が自分の意識レベルを落としてまでみんなとの和を大事にすることで勝てるほど、W杯は甘くない。そんなことは選ばれた選手なら誰もがわかっているはずだ。中田選手の実力を正確にわかっているのなら、例え性格が合わなかろうが、同じ目的を持つ同士、言葉は悪いかもしれないが、逆に中田選手を自分の練習に利用するくらいの考えでぶつかっていろんなことを吸収して、どんどん自分のレベルを引き上げようと考えるはずなのだ。
 これは何もスポーツのチームワークだけのことではなく、「この人が理想」「この人に近づきたい」と思ったら、いろんなことを相手から学ぶべきだと思う。真似するだけではなく、学ぶのだ。人の魂に近づきたかったら遠巻きに見ているだけでは何も始まらない。おそるおそるでも相手に近づく。無防備な自分をさらけ出すことによって、やっと相手の心に触れることができる。相手に近づいてきてもらおうなどと高飛車な考えでは何も得られない。おそらく中田選手もそれを望んでいたことだろうと思う。それを受け止める用意もあっただろうと。彼は、日本のためなら自分が代表を辞退してもいいとさえ言った人なのだから。
 歴代最強と言われる時代を担ってきた中田英寿選手という人は、「孤高の人」だとか「天才」だとか言われて一線を画すけれど、本当にサッカーが好きで、同じ想いを抱えた人間を頭ごなしに叱咤して教えることを好まない人なのではないかと思うのです。ひとりひとりが自分で感じて気付いて高みへ上がってくる。それを伝えたかったのじゃないかと。そして、同じ目線で、同じ意識で、肩を並べてほしかったんじゃないか、と。そうやって世界に挑んでいきたかったのではないか、それをずっと待ち望んでいたんじゃないかな、と・・・。なのにマスコミの言葉に踊らされ選手間の「勝ちたい本気度」の差を生んだのでは? と私は思うのだけれど・・・。

 テレビで引退のニュースを聞いただけなので、中田英寿選手が何を思い、何を考えたのか想像の域を出ませんが、彼の「自分の中で一番高いプレーを見せられないのなら、それはプロとは言えない」というような言葉が発せられたとき、「ああ、この人は本当にプロ意識の高い人なんだな」と感じました。
 まだまだ彼なら質の高い、観客を魅了するプレーが出来ることでしょう。ドイツW杯で、あれだけの観客が、彼のプレーに、彼の存在に、目を奪われたのです。四年後だって可能性は十分あるのです。それでも、自分が納得出来なければそれはプロではない、という誇りの高さ。潔さ。何てすばらしいプロ意識なんだろうと思わずにはいられません。

 誤解を招く恐れがあるので言い添えますが、私は中田選手の潔さの中にプロ意識を見ましたが、プロ意識とは何もそれだけではありません。先程書いたように、それは「感じる」こと。十人いればそれぞれ感じ方が違うのです。当然、何をプロ意識だと感じるかはさまざまなのです。お題の通り、「プロ意識いろいろ」です。
 例えば、今も現役の三浦カズ選手や、ゴン中山選手を、高いプロ意識を持ってサッカーをしている人だと思っています。彼らは、プロとして自分を決して甘やかさない。
 カズ選手の日常を追ったドキュメンタリーを見ましたが(これも夜中やってました)、彼は、食事から体調管理から何から、自分を厳しく律しています。今回ドイツW杯では代表になれませんでしたが、最後まで入ってくれるのを願っていました(何せ今回の対戦相手、オーストラリア、クロアチア、ブラジル、のすべてと戦ったことがあるのです)。彼が現役にこだわるのは、W杯に出るため。現役を退けば可能性はゼロになるけれど、現役でサッカーを続けている限りゼロではないのです。彼の言葉の端々から「プロとして自分は何が出来るか、何をすべきか」をいつも考えている人だなと感じました。
 ゴン中山選手は、生で試合を見たことがあります。その試合は負けてしまったのですが(しかも優勝のかかった試合)、試合後、悔しさを胸に秘め、観客に向かって精一杯の笑顔で手を振り続けていました。どんなに悔しいかしれないのに。それでも見に来てくれたファンには関係ない、後で自分がロッカー室で泣こうが喚こうが勝手だけれど、ここではプロとして応援に来てくれたファンにきちんと応対しなくちゃいけない、という想いが伝わってくるようで・・・。「涙を堪えて笑う切なさ」を、美しいと思った。その姿を見てるこちら側が泣いてしまったことを今でも覚えています。それと、彼の「魂でボールを蹴る」という精神はプロ以外の何物でもないでしょう。だいたい骨折の痛みに気付かないほどサッカーに集中できるなんて普通じゃ考えられませんて・・・。

 中田英寿選手と、三浦カズ選手、ゴン中山選手、私は三人三様にプロ意識のある方々だと思っていますが、三人を比べることは出来ません。なぜなら、彼らはひとりひとり違う人間だから。ひとりひとり、違うことに意味があるのだから。
 人は、と言うか日本人は、とかく人と比べたがる。あの人が持ってるから、あのバックが欲しいとか、人気のある女優やモデルが髪を切れば同じ髪型にしたがる。どうしてだろう? 人と比べることに何の意味があるのだろうか。人間というカテゴリーでは同じだけれど、人はそれぞれひとりひとり個性があるはずなのだ。スポーツ新聞に「ヒデはイチローになれなかった」とあったけれど、何言ってんだコイツ、当たり前だろうが、と思った。人は誰の代わりにもなれない。もし同じように真似をしたとしても、所詮人真似であって本人ではない。どんな名曲のカバーが世に出てきても、決してオリジナルを超えられないように・・・。それに誇り高き人間が、人の真似をする理由が見当たらない。イチロー選手は「イチロー」の個性があるからすばらしくて、中田英寿選手は「中田英寿」としての個性があるからこそすばらしいのに。ねぇ。

 「惜しい」と言う声を、これからテレビでたくさんの人から聞くことでしょう。もちろん中田選手はサッカーを嫌いになって辞めるわけじゃない。嫌いなサッカーで、あれほど人を感動させられるわけがない。彼はプロとしてのサッカーから離れ、原点に戻って純粋に好きなサッカーをし続けることを選択しただけ。それは現実のピッチ上でのプレーでなく、心の中でのプレーなのかもしれませんが・・・。しかし、これは中田英寿選手自身が下したプロとしての決断。どんなに四年後中田選手の姿を見ることを望んでも、私たちサッカーファンは、ドイツW杯、ブラジル戦のあの姿を目に焼き付けて満足するしかないのでしょうね。最高のプレーと、最高のプロ意識、そして、あの熱い涙をずっとまぶたの奥に焼き付けて・・・。
 残る人、去る人、これはどうしようもないこと。確かに日本の戦力からしたら大きな痛手かもしれませんが、彼の人生なのだから仕方がない。「男・ナカタ」が前言を翻すとも思えない。この10年(高校卒業してからだからそうだよね?)全身全霊サッカーだけに打ち込んできたのだから、悔いはないのです。何か中田選手って鳥みたいだね。この10年は地上でサッカーに全力を費やし、現役から解き放たれた今、彼の心は自由に空を飛んでる気がする。今までとは違う意味でサッカーを楽しめることを喜んでいる気がする。
 選択するということは、それと同じくらい大切なものを手放すということ。私はこの世で一番の悪は「何も悩みもせず」「何も選択しない」で生きていくことだと思っている。誰もが悩みながら選択して生きていく、それが自分の人生に対する誇りなんだと思うから。

 サッカーファンのみなさん、前を向きましょう。これからの中田英寿選手の第二の人生を応援しましょうよ。人生は前にしか進まないのだし♪(こういうこと言うから「あんたは悩みなくていいね」とか「ノーテンキだね」とか言われちゃうんだな・・・)

 オシムジャパン(に決定ですよね?)は、考えるサッカー、走るサッカーらしい。日本にとって一番重要なことをオシム氏が四年の歳月をかけて教え導いてくれるはず。そういえば、オシム氏が就任するまでにいろんな騒動がありましたね。名将が抜けたらJ2に降格になってしまうかも・・・とフロントが猛反対し、選手たちが怒りを通り越して呆れている状態だとか。ま、事実かどうかは知りませんが。そうだよね、確かに監督ひとりでチームが変わることはあるけれど、本当に変わるのは選手ひとりひとりの意識。いくら監督がすばらしくたって、自らピッチに立ってプレーすることは出来ないんだからねぇ。逆に、全日本の監督に呼ばれるような偉大な人をチーム監督に選んだ自分達を誇りに思って「がんばってください」と送り出すべきだとおもうけど・・・? オトナの事情はいろいろ複雑なんですかね。
 四年後、どの国が、誰が、あの輝くピッチ上に立って胸に手を当て国歌を歌っているかはまだわからない。だけれど「がむしゃらに勝つ精神」を貫いて欲しいと思います。若い選手がどんどん育ってくれること、ジーコジャパンの選手が悔しさをバネにもっと高みへ上がってくれること、そして、ベテラン三浦カズ選手、熱い魂のゴン中山選手が、代表に入ってくれることを、願ってやみません。
 もっとずっとずっと先の話だけれど、いつか「ナカタジャパン」が誕生することもあるのかな、と思ったりもします。

 私の歴史上の英雄は唯一、織田信長なのですが、中田選手の潔さは信長のそれに似ている気がします。信長は潔さだけでなく、幼子のように澄んだ心を持ち合わせているのです。
 中田選手がこれからどんな人生を歩んでいかれるのか、いちファンとして楽しみに思います。きっと何をするにも「誇り高く」一流になることでしょう。

 中田英寿選手、お疲れ様でした。そして、感動をありがとう。これからも、応援しています。

 さて、お茶にしましょう、と言いたいところですが、今日は、中田選手に乾杯して眠りたいと思います。シャンパンなど、気の利いたものがあればいいのですが、如何せん庶民なもので・・・。北海道で買ってきたお土産の「十勝ワイン」などを開けましょうか。
 それでは、またお逢いしましょう。


2006-07-04 00:22  nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
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m_kikuchi

私も弱い国をいじめる愛国心は大嫌いですが、スポーツで日本を背負って立つ気持ちには胸を打たれます。日本人の魂は持ちたいと思います。その意味で中田選手(ホント?)の引退はとても残念です。信じられない気分です。まだ若いのに~!
by m_kikuchi (2006-07-04 10:05) 

猫たぬき

こんにちはあすなろうさん(^^)確かにまだ若いですよね~☆
でもこれが彼らしいっちゃ彼らしいのかも。男らしい決断だもの。愛国心を教科書に入れようとか、いろんな問題がありますが、私は愛国心は人の心の中にこそあるものだと思います。教育で愛国心は作れない。日本の看板を背負って世界の舞台で戦う、その心意気こそが愛国心なんですよね。中田選手は、それを私たちに見せてくれました。ありがとう!! ですよね。
by 猫たぬき (2006-07-04 14:12) 

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